はじめまして!(有)佐藤工業の大工 兼 営業担当の佐藤 大(さとう ひろき)と申します!

この度は、私たちのホームページをご覧頂き、ありがとうございます!

ご覧頂いている皆様に、ご挨拶代わりの自己紹介をさせて頂きます。

誕生 ~3兄弟の長男に生まれて~ 

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昭和62年4月23日 横浜市保土ヶ谷区にて3人兄弟の長男として生まれました。

ひろきの大は、大工の「大」から来ています。ちなみに次男は「工」でたくみ。三男は建立(こんりゅう)の「立」でりゅうと読みます。

自分の職業を息子に名づけるのはセンスを疑いますが、覚えられ易い名前なのでその点は親に感謝です。笑

実家には加工場があり、小さい頃から木やカンナの削りくずで遊んでいました。


高校時代 ~家業とは別の道を探す~

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小学生の時は少年野球、中学生の時は陸上部に所属し、スポーツ一筋だったのですが
高校に入ってからはバンド活動がしたくなり、軽音楽部に入部しました。

バンドではベースを担当し、コンテスト出場や自主ライブを開催するなど、ロックと
共に歩んだ青春時代を送りました。

高校3年生になり、進路を決める時は「家業を継ぐなんて考えられない!」と思って
いました。

小さい頃から創業者である祖父に「お前が3代目だ!長男なんだからしっかり継いでもらわないと困る!」と言われ続けていたので、自分の人生が既に決められているような気がして、大工になるという選択肢は微塵もありませんでした。

家業はバイトとして手伝ってはいたので、周りの職人さんから「将来は継ぐんだろ?」とよく言われましたが、「大学に行くので分かりません!」と明言を避けていました。

自分の将来を考えた時に、漠然と「人の役に立つ仕事をしたい」という想いだけはありました。

そんな時に「家庭裁判所調査官」という仕事を知り、「この仕事良いな!」と考えるようになりました。

元々子どもが好きだったので、非行を犯した少年に反省を促すための指導をして 立ち直りを支援する仕事に憧れを抱いたのです。

そこで憧れの職業に関連があり、何でも学べる社会学部に進学することにしました。


大学時代 ~バックパッカーに目覚め、13か国を廻る~

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大学進学後は、家庭裁判所調査官になる夢はひとまず置いといて、バックパッカーとして旅をすることに夢中になっていました。沢木耕太郎氏の「深夜特急」が当時のバイブルでした。

バック一つだけを持ち、一泊数百円ほどの汚い部屋に泊まりながら世界遺産や名所を
見て廻り、一期一会を繰り返しながら現地の文化を知ることに興奮を覚えました。

人生初の海外がインドだったのですが、旅で出会ったとあるインド人に言われた一言で将来への考えが変わったのです。

それはインドの旅 最終日のことでした。

私が宿の屋上でチャイを飲んでいると、一人のインド人が話しかけてきました。

どうやらその人も旅行者で、日本のゼネコン関係の仕事をしたことがあると話してくれました。

彼は日本人である私に対し「日本は凄い技術を持っていて、日本企業がインドに進出してくれたお陰で雇用も生まれ、インドも発展出来る。すべての日本人に感謝したい。
だから、あなたにも伝えたい!ありがとう!」と心のこもった握手をしてくれたのです。

知らないインド人が日本人というだけで私に心からの感謝をしてくれたことに衝撃を
受けました。

この時、ビジネスの力は国を超えて人々の役に立てるのか!と思ったのです。


就職活動 ~家業を継ぐことを決心~

高校時代に抱いた目標は変わり、まず企業に勤めてみよう!と思い始めました。

しかし、何の業界に行きたいか決められないまま就活シーズンが到来し、今まで先送りにしていた「家業を継ぐか継がないかの問題」を真剣に考えるようになりました。

当時の私はサラリーマンか自営業かというより、小さい工務店を継いで自分に何が出来るのかを考えていました。

その頃にテレビで悪徳リフォームの被害やアーバンエステート問題を知り、小さな工務店だからこそ出来ることがあるのではないかと考え始めました。

悩んだ末、将来は家業を継ぐことを決心し、経験を得るために最新の技術で家を造っているハウスメーカーを第一志望に就職活動を
始めました。

木造のハウスメーカーを調べていると「一条工務店」という会社を見つけました。

今でこそ業界2位に大躍進しましたが、当時は今ほどの知名度はなく、恥ずかしながら私も就活で初めてその名を知ったのです。

何も知らないまま会社説明会に参加したのですが、一条工務店の最新技術を知り、「この会社で働きたい!」と思い、ご縁があったのか内定を得ることが出来ました。

就職 ~住宅展示場にて営業スタート~

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配属先は埼玉県の東武伊勢崎線周辺エリアになり、住宅展示場での営業職に任命されました。

一条では幅広い業務を担当するので、住宅ローンの知識や地質の知識、法律や条例
など、家本体以外のことも学ぶことが出来ました。

役職も付き、後輩の指導員も任されるようになったのですが、年齢や家族のことを考慮し、5年勤めた一条工務店を退職することに決めました。

大変なこともたくさんありましたが、上司・同僚・後輩に恵まれ、大切な仲間と本当に良い経験を得ることが出来ました。

そして、素晴らしいお施主様に恵まれ、退職する時には多くの方から応援をして頂きました。


大工の道へ ~力を込めて心を掛けてお手伝いさせて頂きます!

家は家族の宝物です。

私たちはマイホームをより輝かせる仕事をしていきたいと考えています。

ご家族の宝物に触れる気持ちで施工させて頂きます。

ただ新しくするだけのリフォームだけでなく、使い勝手がより良く 更に家を好きになってもらうリフォームをするのが私たちの役目です。

今のお家にご不満・ご不便がある時は、解決出来るようにお手伝いしたいです。

そのために常に勉強し、価値ある情報をお客様にお届けしたいと考えています。

私たちは小さい工務店ですが、お客様に寄り添う気持ちは大きな会社に負けないと思っています。

小さな工務店だからこそ出来ることを常に考えていきたいです。

力を込めて心を懸けて 一生懸命施工しますので、よろしくお願い致します。